CLUB POLICY クラブ方針


CLUB POLICY
クラブ方針

2020年夏にご案内をスタートさせることとなりました、ベイサイドアスレチッククラブ。
陸上はもちろん、教育現場での経験を重ねたコーチから、お子様ひとりひとりにあった方法で精一杯指導にあたらせて頂きます。

クラブの方針に共感いただける親御様からのご連絡をおまちしております。

方針 1

強い選手の育成
早い選手よりも強い選手の育成を目指します。大きな競技会ほど実力を発揮出来る。
「自信は結果から」得られる向上心のある選手の育成につとめます。

方針 2

強い心の育成
選手として陸上競技に向き合える時間は普通の人間であれば5~6年、全国大会に出場するクラスでも10年~12年程度です。人生においては短い時間ですが、将来人生の壁へ乗り越えられる強い心を陸上競技を通して育てます。

方針 3

強いチーム(コミュニティー)の育成
チーム力という言葉があります。選手の競技力が高いというだけでなく、サポートの体制、保護者も含め、選手をもり立てていく雰囲気が高い。これがチーム力の高さと考えてす。

代表略歴

1960 千葉県浦安市生まれ
1975 中学校100m全国ランキング2位
4×800mリレー千葉県代表で全国中学校新記録を樹立する
1976 成田高校入学 1年~3年時までリレー、個人でインターハイ、日本選手権等に出場、入賞する
1979 日本大学文理学部体育学科入学
インターカレッジ等に出場しながら4年生時には、陸上部総務として各種大会の運営にも参加する。
1983 千葉県公立中学校の体育教諭として、印旛郡富里村立富里中学校より教員としての活動を開始し3年後に選手を初めて全国大会に出場する。翌年、男子100mで6位入賞。短距離選手を中心に毎年全国大会へ出場出来るチームを作る。
1988 浦安市立見明川中学校へ転任
全く陸上部の活動が出来ない状況で、バスケットボール部と2部活の掛け持ちも行い、バスケットボール部は2年で市川、浦安支部で優勝する
2002 市川・浦安支部小中体育連盟陸上競技専門部長就任
5年間で千葉県において強豪の支部にする。その条件としてチーム(中学校)として全国大会にリレーチームを出場させる。チーム(中学校)として県通信陸上大会、県総合体育大会で総合優勝する。県総合体育大会において市川浦安支部選抜チームが4×200mリレーで優勝するという目標を掲げる。同時期より千葉県の全国、関東大会クラスの代表選手、リレーチームの指導を任される。
2006 堀江中学校時代同校400mリレーチームが千葉県代表となり全国中学校総合体育大会に出場(準決勝)同校が県総合体育大会で総合2位支部対抗から学校対抗に変わった県総合体育大会でも堀江中学校チームが優勝し、目標がほぼ達成させる。
1960 千葉県浦安市生まれ
1975 中学校100m全国ランキング2位
4×800mリレー千葉県代表で全国中学校新記録を樹立する
1976 成田高校入学 1年~3年時までリレー、個人でインターハイ、日本選手権等にに出場、入賞する
1979 日本大学文理学部体育学科入学
インターカレッジ等に出場しながら4年生時には、陸上部総務として各種大会の運営にも参加する。
1983 千葉県公立中学校の体育教諭として、印旛郡富里村立富里中学校より教員としての活動を開始し3年後に選手を初めて全国大会に出場する。翌年、男子100mで6位入賞。短距離選手を中心に毎年全国大会へ出場出来るチームを作る。
1988 浦安市立見明川中学校へ転任
全く陸上部の活動が出来ない状況で、バスケットボール部と2部活の掛け持ちも行い、バスケットボール部は2年で市川、浦安支部で優勝する
2002 市川・浦安支部小中体育連盟陸上競技専門部長就任
5年間で千葉県において強豪の支部にする。その条件としてチーム(中学校)として全国大会にリレーチームを出場させる。チーム(中学校)として県通信陸上大会、県総合体育大会で総合優勝する。県総合体育大会において市川浦安支部選抜チームが4×200mリレーで優勝するという目標を掲げる。
同時期より千葉県の全国、関東大会クラスの代表選手、リレーチームの指導を任される。
2006 堀江中学校時代同校400mリレーチームが千葉県代表となり全国中学校総合体育大会に出場(準決勝)同校が県総合体育大会で総合2位支部対抗から学校対抗に変わった県総合体育大会でも堀江中学校チームが優勝し、目標がほぼ達成させる。

クラブの基本的活動方針

最近、南葛西に転居しました。
実家が浦安市の市街地開発地域になったため、家屋、土地を市に提供したための転居です。

南葛西は東京都ですが公園も多く、小学生くらいの子供たちのスポーツに励む姿も多く見られます。
近くサッカー、野球ができるグランドがあります。
夜、週末には子供たちが家の近くでスポーツをする姿があり、子供も指導者も熱心に取り組んでいます。
○○左へ走れ。△△、××につけと指導者は熱い指示を出し、子供も指導者に指示通り一生懸命にプレーしています。
しかし、この様な指導に私は賛同できません。
子供に自由にプレーさせる。失敗するかもしれませんが、それで良いと思いませんか。
それではその理由を説明していきましょう。
1,考える

私が陸上競技を始めたのは、中学校に入学し陸上部に入部した時から始まります。
入部には、少しのドラマと勘違いがあります。
当時の浦安中学校は千葉県NO1の駅伝チームでした。私は駅伝をやりたくて陸上部に入部します。
しかし、駅伝部は、サッカー、野球を中心に剣道、卓球など学校内で持久走が得意な生徒が集められた学校内での長距離エリート集団でした。陸上部は主に短距離を練習する部活。
入学から6月までは、部活動で短距離、全校下校後に長距離を練習する全く中途半端な生徒になっていました。
それが、何の前ぶりもなく私は駅伝部を退部させられます。一方的にです。
納得はできませんでしたが短距離に可能性があったのでしょう。顧問の先生の判断です。
一応真面目に練習には参加していましたが、1年生時には県大会への出場の経験はありません。

真面目に活動していたおかげで2年生時に県大会(通信大会、県総体)に出場し、
通信大会、2年100m5位、県総体 共通(2,3年)100mで8位と決勝まで残る事ができたのです。
前年は県大会にも出られなかった選手が決勝まで進む。この年の秋に私のとって天気となる事件が起きました。

年1974年秋、浦安中陸上部は幽霊部になります。部員も顧問も全くグランドに来なくなります。
最初こそ顧問の先生にスケジュールを確認に行っていましたが、それも行わなくなり陸上部は完全な幽霊部になりました。
そこで私は、自由に自分の体と相談しながら自分のための練習スケジュールを組み、学校のグランドだけでなく、公園の芝、長い急な上り坂、時には、市外の陸上仲間と一緒に練習など、考え自分だけのための練習をする様になります。
中学2年生当時、自分の体の状態を数値化しコンディションを管理していました。
考える事は本当に面白いです。面白いから主体的に活動し心身共に自立していきます。
そうなると結果が伴ってきます。そこで3年時の最終結果が以下の様になりました。


100m 11,2 1975年度
全国中学校ランキング2位
800mリレー
(千葉県選抜・4走)
1,33,2 1975年度
全国中学校ランキング1位
(全国中学校新記録)
考える事は本当に面白いです。また、自立するためには、考え、工夫する姿勢が不可欠と考えます。
ですので、「こうしろ」という指導は行いません。ヒントをを与え、考えさせ、工夫する。
当然、上手くいかないこと、失敗する事もありますが、あえてその事、目の前の小さな成果を目指すことよりも未来の大きな成功につなげたいる。この様なクラブの運営を行っていきます。
2,人格の形成

長く選手の育成に携わって来たなかで自校の選手、県代表選手等見てきました。
中には練習を全くしなくても良い記録を出せる選手も沢山います。
しかし、今の力を確実に伸ばせる選手は人間的にもしっかりしています。まづ自立している。考える事ができる。
その考えを工夫する事ができる。自分の意見を持ち芯がある。意見をちゃんと主張できるが、出しゃばってはいない。
完全な人間に湯に思われます。
あまりいないと思いますが、今の実力から未来の実力が伸びている選手は間違いなく上記の様な選手です。
若干、尖っている選手もいますが、真剣に練習しているのですからそこは目をつむってあげるのが大人の対応だと思います。

私は、競技力より人格形成に重きを置く指導を行います。人間が育つことにより競技力も向上するを目指します。
3,未来をみる

今、人間100年時代と言われています。
その長い人生の中で競技者として真剣に競技に向かい合えるのは10年でしょう。
短いと中学校の部活動の2年少しという競技者もいます。競技力が高い程、競技に向かい合う時間は長くなりますが、例え3年でもその経験が将来自分の芯となるような活動にしたいと考えます。
そのためには指導者、競技者が今を大切に生きる事です。しかし、競技力が低い。試合に出ることもできない。
ましてや練習について行くこともできない。もし、そういう競技者が自分だたとしたら考えてください。
自分ができる事。裏方としての仕事でもかまいません。
自分がチームにとって必要であると思える事を考えてください。

そもそも世間は不公平です。お金持ちもいれば、貧乏な家のもあります。
それではお金持ちの家の子は幸せで貧乏な家の子は不幸となりますか、そうではないででしょう。
私が思うことで皆さんが全員そう思うかは解りませんが、自分が必要とされている。
または社会に貢献できていると感じた時は充実しています。
考えてください。自分に何ができるかそして自分の役割を。
貴方が大人になり社会に貢献できる人となる練習の場になれるようなクラブ運営を行います。

練習参加までの手順

1,予約申し込み

(1)電話にて申し込む  090-7419-0537
(2)ネット申し込み
 
※入会を申し込んだ場合、次月の第一土曜日(月初回)の練習から参加してください。1ヶ月間は体験期間とします。
 体験で本入会するか退会をするかを決めて下さい。この間の講習料金等は一切かかりません。
4月 5月
【仮入会】
月初め、月末に限らず申し込み月は仮会員として活動する。

仮入会期間中に適切な行動がとれない 場合入会をお断りする場合も有ります
【入会】
毎月第一土曜日、ネットに掲示された場所で練習を行う。月4回
2,入会

体験を終え入会、退会を決めて下さい。
入会した場合、会費(講習料金)月3000円  を納めて下さい。
入会金等は一切かかりません。
3,練習形態
 区分 練習内容
アスリート 全国レベルの競技会での成果を目指す練習
セレクト 【自立した練習ができるレベルの選手】

この段階の選手には、下のビギナー選手の指導補佐をお願いします。
技術はインプットとアウトプットが重要です。
ビギナーの選手を指導する事はアウトプットになります。本人の練習記録を開始します。

●セレクト以上の競技者は目的に合わせて練習スケジュールを作成します。
●競技会や自身の目標に向けたサポートを行います。
ビギナー 基本的な練習を行う段階 この段階では、基本的に毎週土曜日の午後月4回の練習とします。
上の段階へは本人の意思を尊重しステップアップをします。
仮入会 体験の期間

たんぽぽ式育成法

たんぽぽ式育成法には、柱となる考方があります。
アメリカのスポーツ心理学者、ジム・レイアー の「メンタルタフネストレーニング」という書籍の理論を柱に添え私自身が現場で経験した事などを上乗せ、改訂しながら創りあげたのがたんぽぽ式育成法(松尾式)です。
但し、この方法は極めて個人的な方法であることも事実です。誰が試しても効果が出るものではありません。
私自身も教育法、育児法の研修会に参加して思う事は、誰でもが息子を東大に入れるような教育はできませんし、たとえ理論的にはしっかりしたものでも実際に行うのは理論の発案者ではなく親です。ですから興味がある方『なるほどね』『へ~、そういう手もありか』くらいで止めておいてください。
そして、矛盾してないかという場面も多く出てきます。ですので興味がわいたらちょっと読んでみるか程度でスタートするのが適当です。
1,成功のピラミッド

成功には「わけ」があり、失敗にも「理由」があります。
それは、すべその人の心のポジションが影響しています。そのポジションを分かりやすく解説したものが成功のピラミッドです。
上の図で成功と失敗を分けるポジションに「葛藤」というポジションがあります。
成功をえる人間は「必ず葛藤を経験」しています。その葛藤の後、不安のポジションに入った人間が成功し、不満のポジションに入った人間が失敗します。
さて、この図を読み解く上で理解しておくべき事柄があります。
「ちょっとやってみたら上手くいった」「前回は成功したのに今回は失敗した」というレベルでの成功失敗の話ではありません。
非常に困難な事を成功させるための方法論です。ちょっと無理かな、でもやってみたいと思うならば参考になるかもしれません。
そして以外とこの方法論が幼児には大変有効です。理由についてはエピソードの中に追々書いていきます。
2,葛藤のメカニズム
3,葛藤を抜け出すヒント

葛藤は、大きなエネルギーを必要とします。マラソンに例えてみましょう。
ライバルと併走が続いています。

(1)楽をすると手を抜く
楽をする事と手を抜く事は違います。
楽をするコツは無駄な力を抜く(無駄なエネルギーは使わない)事を覚える。
そのためにどうすれば良いのでしょうか。

(2)自分を知り、相手を知る
なぜ今自分はきついのか相手との力が拮抗しているか、相手の方が上だからです。 簡単な算数です。

自分(80) - 相手(100)= -20

この「-20」がきつさです。このレースあなたは普通にレースが進めば負けます。
もし勝てるとするならば、相手がミスを犯した時です。
相手が持っている「+20」をもっても取り返しのつかないミスをした場合です。

(3)あきらめる
あきらめるには二つの意味があります。一つは世間一般で言われている諦める事。
もう一つは語源である『明らかに見極める』からのあきらめるです。

① 相手との力の差を見極め今自分に出来る楽に出来る事は何か
② 楽に出来る事はいつまで持続出来るか
③ 相手に離された時、次に生かせる事はあるか
④ 離された場合自分に何が足らなかったのか
⑤ 足らないものを補うために何をすればよいか
⑥ そのための時間はどれだけあればよいか

(4)今を精一杯生きる(活きる)
レースを今回だけと考えれば負けます。
しかし、未来を考えた時レースはまだ続きます。
色々意見はあると思いますが。
私は今を精一杯生きるとは、無理をするのではなく、自分の出来る範囲でやるべき事を行う。
そこで出来ないこと、足らないことを自己の課題として明らかにし、次に備える。
これ人生でもいえますよね。
《ポイント》
葛藤の後、課題を発見し新しい一歩を踏み出す時には必ず不安があります。
また、今の自分の力量を正しく把握し、受け入れられる力が無ければ上のステージ(不安のポジション)にあがれません。
「見栄」「プライド」「間違った責任感」などから楽をする事が出来ない場合下のステージ(不満のポジション)に落ちる可能性が多いと思います。
これは私の個人的な考えですが、新たに一歩を踏み出す子供は、自由にやりたい事をやりたいようにやらせた子が圧倒的に多いと感じます。
しかし、ただ自由にさせると未熟な子供ですから失敗も多いです。
失敗の中には、我が儘に感じる事、でたらめな事もあるでしょう。大人は辛抱強く子供の我が儘に付き合いながら正しい方向に指導していかなければなりません。
そこで私は、自由にやらせる前になぜそれがやりたいかの目的、また結果に対して自分で責任がとれるかの確認をします。
これはエピソードの欄に随時提供していきます。興味のある方は、除いて見て下さい。
またご意見をお願いします。
4,成長と失敗

(1)成長するとは
前項では、マラソンのレースに例えましたが、勉強でも仕事でもかまいません。
成長は失敗から始まります。
何かを始めて上手くいっている時には成長はしていません。
この言い方が違うという指摘もあったので言い方を変えると、自分の力は向上していません。前項の80の能力のままです。
しかし前項のマラソンのレースでは、80で100の力量に勝つというしています。
当然失敗します。そこで二つに分かれます。
一つは、成功に向け、自分の力量を上げる選択をする者。
もう一方は自分には無理と進歩をやめて(本来の諦めの意味)しまう者です。

(2)なぜ人は失敗する
① やっていないからできない
一つは、無理。不可能であるという理由から挑戦しない。
何もしなければ何も始まらない。当然です。
二つ目は、前項で述べた「明らかに見極める」の語源の諦める事をできない。
やっていないとは言い換えると今を精一杯生きれていない状態です。

② わかっていないからできない
先ず自分が解らなければならないと思います。
力量、現状、環境など色々な条件から頑張っても出来ないことは沢山あります。
理不尽であると思った瞬間に不満のポジションになってしまい頑張りが徒労となりさらに不満を積み上げる結果になることはもったい無いと思います。
ここで言う解っていないとは方法論的な問題ではなく、自分とそれを取り巻く環境(状況)を正確に分か って下さいという意味です。そこから、具体的な方法(何ができるか、出来ないのか)を判断し実行する事です。

③ 続けていないからできない
本当に続けるという事は、毎日必ず進歩しているという事です。
子供は、習得するのも飽きるのも早く、飽きてしまった状態を続けている事は続けているとは言いません。飽きたら新しい課題を与える。自分に対してマンネリしていると思った時は、ある程度課題がクリアー出来ている状態かもしれません。
新しい課題を探し、課題を解決し続ける事。これが続けるという意味です。

④ みえていないからできない
みえるとは、上の例の様に自分(子供)の状態がみえているか、いないかです。
マンネリに入った。課題はクリアー出来てる。これは初歩的な事で、その奥にある「本音と建て前」「やむれぬ事情」がみえているかが大事です。このみる力が判断を左右します。
(3)時間と難易度の関係
上の図は、時間軸(横軸)に対して難易度(最終到達位置・縦軸)を表しています。
一番順調といえるのは「A軸」になります。
「B軸」は中間以降大幅な修正を加えて目標を達成していますが、この場合達成後、副作用的は状況が起きる事もあります。「C」は余裕を持って目標を達成しています。
理想は中間点で完成から逆算して余裕を持っておく方が失敗の確率は少なくなります。
「D」は中だるみによる失敗例です。
「E~G」はある意味順調にやるべき事が足りていなければそれなりの結果になるという例です。

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